雨上がりの散歩

アクセスカウンタ

zoom RSS 8月に入って

<<   作成日時 : 2017/08/16 13:19   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 0

毎日雨ばかり。気象庁が梅雨入り宣言した後、なぜか雨は降らず、真夏並みの猛暑日が続き、この調子だと本格的な夏になったら一体どうなってしまうのだろう、と懸念していました。そして気象庁が大してまともに雨は降りませんでしたが、梅雨は明けたようだと、梅雨明け宣言した後、なぜかほとんど毎日雨ばかり、となりました。まるで今が梅雨みたいです。懸念していた暑さも幾分和らぎ、夜もエアコン無しでもなんとか安眠できるようになりました。
 天気予報を頼りにその日一日の計画や、今後の計画を立てる方も多いと思います。私も犬HKの天気予想を見て植木の水くれや出かける予定など決めたりします。例えばずーっと曇りマーク、さらに傘マークもついたりすれば今日は外出や洗濯は止めよう、と計画変更。と、と、ところが雨は降らず、な、なんとそれどころか薄日すら差し掛けたり。そうするとちょっと一日が無駄に終わってしまったような気持ちになり、天気予報を見て計画を変更してしまって損したような気分になります。
 気象観測技術も進歩して、予報も大きく外れることはないと思うのですが、現実はそうでもないような…。それでもやはり一応天気予報を見て、それに従っていろいろ対策を行う人が多数だと思います。もちろん私もそうです。
 それでも未来のことを100パーセントの確率で予測するのは難しいんだな、とも思います。何をわかりきったことを、と言われてしまいそうですが。ですから天気予報も確率で予報を出してるのでしょう。でも受け取るほうは雨と言われると雨が降ると思ってしまうんですね。よく聞くとところによりと言う言葉が必ずと言っていいくら使われています。ところにより雨、ところにより曇り、ところにより晴れ…、今一つ天気が微妙なときはこの言葉が頻繁に使われています…。私もそこが知りたいのに結局よくわからない。ところによりのところに入らないと、雨は降らないかも…なんですね。 
 大地震が来る、来るとやたら不安(?)を煽ってる方もいます。来る来ると言っていればいずれは来るかもですが、そういう場合来ないときはあまり大騒ぎされず、来た時に限ってほらやっぱり来ただろう、と言うことになるんですね。わかってるのなら何月何日何時に起こります。だから安全対策をしっかり行いましょう、と言って貰えるならありがたいです。でもそれは所詮無理な話で、だから仮にそのように言われてもにわかに信じる人もいないでしょう。来るかもしれないし来ないかもしれない、先のことはわかりませんし、結局そういう世界に生きているのです。東日本大震災にしても、この日に大津波と大地震が起こると確実に分かっていればもっと万全な準備をして災害に備えたでしょう。もっと被害も少なくて済んだことでしょう。
 原発事故を起こしてしまった東京電力に対し、来る可能性はあったのだから、きちんと対応していなかった企業としての責任は大きいと、東京電力の責任が問われました。企業としての責任は確かにあります。だから責任を認めてできる限りの賠償は行っています。平和な生活を不本意に一瞬にして壊されてしまった悲しみは大きいでしょう。怒りもあるでしょう。自分がその立場だったら、やはり平常心でなどいられないでしょう。
 それでもひたすら東京電力の対応がまずい、原発は即刻停止しろ、と叫ぶのもあまりにも短絡的と言うか、現実と言うものを理解してないのでは、と思ってしまいます。ひたすら東京電力の非、ミスを叫び、絶対に許してはいけない、と絶叫!してる方々にも違和感を感じます。こういう時にこそ(部外者だからこんなおめでたいことが言えるのだと言われればそれまでですが…)無用にパニックに陥らず、物事の真実と言うものを冷静に眺めることも大切なのではと思います。
 車に乗っても飛行機に乗っても事故の起こる可能性はあります。万全を期していても予期せぬ突然の乱気流に巻き込まれたり、落石にあったりとか、やはり事故は起こります。なら車に乗らなければいい、飛行機に乗らなければいい、でもリスクはあっても、そういうわけにはいかない現実があります。
 理想だけ掲げてきれいごとだけ言ってる分にはいいです。でも責任ある人なら、今ある現実をしっかり見つめて、その現実の中でそういうことが可能かどうか、しっかり検証してこそ、責任ある立場の態度だと思います。
 100パーセントの安全など残念ながらこの世界にはありません。そういう不確かな世界で生きているんです。不幸にして事故や災害に遭われてしまった方、命さえ落としてしまった方。不注意だったから、安全に対する手抜きをしていたのが悪い、確かそうかもですが、常に100パーセントの安全を心がけ、不注意にならないとか、人間としてそのように常に生きられますか? そもそも人間は残念ながらミスを起こすということを前提にした方がいいくらいです。自分も含めて、完璧な人間などいません。にもかかわらず相手の非やミスを見つけ、それによりこんなに被害を被った、賠償しろ、賠償しろ、こんな賠償ではまだ足りないとか、人間としてあさましいというか、見苦しいです。
 賠償しろ、まだ謝罪が足りない、戦後70年以上もたつのにひたすら喚き続けているそういう国がありますが。立ち止まってそういうことをしている姿を振り返ってみたらいかがですか? いかに見苦しくあさましいか。完璧な人間などいないのに、相手のミスは許さない。ではあなたはミスを犯さないのですか? 生きていて死ぬまで間違ったことはしませんか? お互い様でしょう? 昨日まで被害者面して相手を無慈悲に攻撃していたとして、意に反して加害者になってしまうことだってあります。明日は我が身かもしれないのに、そういうお互い様の世界で生きてるのに…。

美しい昔(雨に消えたあなた)


 来る日も来る日も雨は降り続く お寺の屋根にも果てしない道にも 
 青空待たずに花はしおれて ひとつまたひとつ道に倒れていく 
 誰が誰が雨を降らせるのよ この空にいつまでもいつまでも
 雨よ 降るならば 思いで流すまで 涙のようにこの大地に降れ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス ナイス

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
NHKスペシャル 東京裁判
8月の終戦記念日の前後に連日、報道されたNHKスペシャルの反日・自虐ぶりが酷い。 ...続きを見る
風林火山
2017/08/16 15:43

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
8月に入って 雨上がりの散歩/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる