車でいっぱいの大病院の駐車場で

車でいっぱいの大病院の駐車場に車をちゃんと止めるのは、年寄りには結構キツイ。おまけにその日は冷たい雨がしょぼしょぼ降っていた。寄る年波の老齢には、空いてる場所を探して車を止めるのも一苦労だった。やれやれと、何とか車を止めて外に出た。
 するとちょうどそこに居合わせた整理係らしい人から「おたく、前の車にぶっつけたよ」と声をかけられた。
 えっ? と私はびっくりした。全くぶっつけた覚えはなかった。まるで狐につままれたようだったが、前の車を見たら、バンパーに小さい傷があった。
 私は全くぶっつけた覚えはなかったが、しかし傍でちゃんと見ていた整理係の人が言うのだから、気がつかずにぶっつけてしまったのだろう。無くもないことだ。年を取ると情けないことだが、自分のやったことにも今一つ確信が持てない。
 仕方なく謝ろうと、その車の持ち主が戻るのをしばらく待った。しかし寄る年波の老齢には冷たい降雨は応える。いつ戻るかわからない相手をいつまでも待ってはいられなかった。後ろめたさを感じながらも、メモをしてワイパーに挟み、その場を後にした。
 翌朝、電話があった。
「車の傷は以前、私がつけたのです。あなたがつけた傷ではありません」
 電話のむこうのその凛とした声は、今も私の耳に残っている…。(心暖まる?ショート集より)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック