うぐいす荘 2

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 うぐいす荘 1 
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 うぐいす荘 2  

 ところが突然思いがけなくも、アリクスは毎日の骨折り仕事から解放されることになった。遠い従兄が死んで、財産をアリクスに残してくれたのだ。数千ポンドで利子が年に二百ポンドくらい入ってくる。アリクスにとって、それは自由、生活、独立を意味した。もはや彼女とディックは待つ必要はないのだ。
 だがディックは、それに対して意外な態度に出た。彼はこれまでも愛情を直接に打ち明けたことはなかったが、今度は一層ためらうように見受けられた。彼は彼女を避け、気難しく陰鬱になった。アリクスはすぐその事実を見て取った。自分は資産家になったのだ。気がねと誇りとが、彼の求婚をさまたげているのだ。
 だからといって彼に対する彼女の愛情は薄らぎはしなかったし、事実、自分のほうから話を切り出してはどうだろうかと考えたいた矢先、またもや予期せぬことが起こった。
 有人の家でジェラルド・マーティンと会ったのである。彼は猛烈に彼女を恋し、一週間とたたないうちに、二人は婚約した。アリクスは普段から自分は恋愛なんかしない女と思っていただけに、完全に足をさらわれたかたちだった。知らず知らずに、彼女は前の愛人の目を覚まさせることになった。ディック.・ウィンディフォードは憤怒に口もきけないほどになって、彼女のところにやってきた。
「あいつは君に取っちゃ全くの見ず知らずのおとこじゃないか。あいつのことは何一つ知っちゃいないじゃないか」
「あたし、あの人を愛していることを知ってるわ」
「どうしてそんなことがわかるんだ? 一週間ぐらいで」
「自分が男の人を愛していることを知るのに、みんながみんな十一年もかかるとは限りませんよ」と、アリクスは腹を立てて叫んだ。
「僕は君に会ってからずっと君が好きだったんだ。そして君も僕を愛してくれていると思ってた」
 アリクスはありのままを言った。
「あたしもそう思ってたわ。でもそれは愛というものがどんなものか知らなかったからだわ」
 するとディックは再び喚きたてた。嘆願、懇願、そして脅迫さえした。自分に取って代わった男に対する脅迫だった。アリクスにとって自分では知りつくしているつもりだった男の、控えめな外見の下に潜んでいる火山を見たことは驚くべきことであった。と同時に彼女は少し恐ろしくなった。もちろんディックはあんなことを本気で言うはずはない。ジェラルド・マーティンに復讐するぞ、とおどすなんて。ただ怒っているだけのことだわ。
 いまこのうららかな朝、門にもたれていると、彼女の心はディックと会ったときのことへと戻って行った。結婚して一月となるが、彼女は牧歌的な幸福にひたっていた。しかし彼女にとってかけがえのない夫がちょっとでもいないと、一抹の不安が彼女の完全な幸福の中に忍び込んでくるのだった。その不安の原因はディック.・ウィンディフォードであった。 
 結婚してから三度彼女は同じ夢を見た。周囲の状況こそちがっていたが、主な事実はいつも同じだった。彼女の夫は死んで横たわり、ディック.・ウィンディフォードがその上に立ちはだかっている。彼がその手で夫を殺したことを、彼女はこの上もなく彼女ははっきりと知っている、といった夢だった。
 その夢は恐ろしいにはちがいなかったが、さらにもっと恐ろしいことがあった。目を覚ましたときの恐ろしさである。というのは夢の中ではそれが極めて自然で、やむお得ないことのように思われたからだ。彼女、アリクス・マーティンは夫の死んだことを喜んでいるのだ。殺人者に向かって感謝の手を差し伸べ、お礼を言いさえした。その夢の結末はいつも同じで、彼女はディック.・ウィンディフォードの胸にしっかり抱きしめられているのである。
 彼女はこの夢のことを夫にはなにも話さなかったが、ひそかに我ながら意外なほど胸を痛めていた。これは警告、ディック.・ウィンディフォードに注意するようにとの警告なのだろうか?
 家の内で電話のベルがけたたましく鳴ったので、アリクスは物思いから我に返った。そして家に入って、受話器を取った。突然彼女はよろめき、手を伸ばして倒れるのを防いだ。
「どなたですって?」
「おやアリクス、声をどうかしたのか?君の声とも思われないよ。ディックだよ」
「あら!まあ! どこにいらっしゃるの?」
「トラヴェラーズ・アームズ館だよ。その名にまちがいないだろうね? それとも君は村にそんな宿屋があることすら知らないのかね? 僕は休暇なんだ。ちょっと釣りでもしようと思って、ここへやってきたんだ。今夜食事の後でお二人を訪ねてはいけないかい?」
「だめよ」とアリクスは鋭い語調で言った。「来ちゃあだめよ」
 ちょっと言葉がとぎれた。やがてディックは再び口を開いたが、その声には微妙な変化があった。
「これは失礼したね」と彼はしかつめらしく言った。「もちろんお邪魔したりなんか…」
 アリクスはあわてて口を挟んだ。もちろんディックは私の態度をとても変だと思っているに事実変なんだから。私の神経はまったくめちゃめちゃにちがいない。私があんな夢を見たのは何もディックの罪ではないのだ。
「私が言ったのは、ただね、私たち、今夜は約束があるってってことなの」できるだけ自然な声を出そうとつとめながら、彼女は説明した。「あの、明日の晩、お食事に来てくださらない?」
 だが彼女の語気に誠実さがこもっていないことを、彼ははっきり感じ取った。
「ありがとう」と前と同じようにしかつめらしく、彼は言った。「だけどいつなんどき、ここを出るかもしれないんでね。友達がやってくるか、こないか、その都合しだいなんだよ。さようなら、アリクス」彼は言葉を切ったが、すぐに急いで前とは違った調子で言い添えた。「ごきげんよう、アリクス」
 アリクスはほっとした気持ちで受話器を置いた。
「「ディックをこっこに来させてはいけない」と彼女は心の中で繰り返して言った。「来させうわけにはいかない。まあなんて私は馬鹿なんだろう? 勝手に想像を巡らして、こんなにくy
おくよするなんて。でもやっぱりあの人がこなくてありがたいわ」
  
    続く

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